公開日:2025.10.06

なぜAppleは視覚障がい者の9割に選ばれたのか? 〜障がい者調査から学ぶ、全ユーザーに響く製品開発〜

  • リサーチャーコラム

企業の新たな商品やサービス開発において、ユーザーの声を聴くことは不可欠です。しかし、既存市場の声だけでは、どうしてもアイデアが停滞しがちです。そこで、近年注目を集めているのが、「不便」を抱えるユーザーの声に耳を傾けることです。特に、障がい者の方々が日常で感じている不便さは、イノベーションのヒントに満ちています。
 
 
今回は、障がい者調査の専門家として、この分野の重要性と、企業が調査を行う上で持つべき視点について、独自の知見と考察を交えながら解説します。

 
 

障がい者の「不便」は、社会全体の課題解決につながる

障がい当事者は、日常生活において多くの「不便」を感じています。この不便さを解消するためのアイデアやソリューションは、結果的に障がいの有無に関わらず、より多くの人々にとって便利なサービスや商品へと発展する可能性があります。これは、いわゆる「ユニバーサルデザイン」や「アクセシビリティ」の概念が、単なるバリアフリーを超えて、イノベーションの種となることを示しています。
 
たとえば、過去の成功事例として、働く女性の声から生まれた時短家電が挙げられます。子育てをしながら仕事をする女性が抱える「時間がない」という不便さを解消するために開発されたこれらの家電は、今や共働き世帯だけでなく、一人暮らしの学生や多忙なビジネスパーソンなど、幅広い層に利用されています。障がい者調査も同様で、特定の人々が抱える不便を解消する取り組みが、最終的には社会全体の利益につながっていくのです。
 
さらに、この考え方は、より大きな社会課題の解決にも貢献します。国土交通省が推進する「MaaS(Mobility as a Service)」計画はその好例です。この計画は、公共交通機関の情報を一元化し、効率的な移動を実現するものです。もともとは車いすユーザーが抱える、駅員を呼んで待つ、乗り降り時に手間がかかる、といった不便さを解消するために始まりました。しかし、これにより移動時間が短縮され、利便性が向上した結果、車を利用する健常者にとっても公共交通機関が選択肢となり、駐車場不足や環境問題(排気ガス)の緩和、さらには高齢者の運転事故問題の解決にもつながることが期待されています。このように、障がい者の「不便」を起点としたソリューションは、そのサービスを利用する当事者だけでなく、社会全体の課題解決というビジネス価値に直結するインサイトを提供します。

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    本紙では、リサーチ仮説の立案から検証に至るまでの実務的プロセスで解説いたします。
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    本紙では、当社で実施可能な「難病・希少疾患の患者に対する調査」の事例をまとめてご覧頂けます。
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    なぜAppleは障がい者から圧倒的な支持を得たのか

    障がい者の不便を解消する取り組みが、結果として社会全体に受け入れられる成功事例として、Apple社の製品が挙げられます。Appleは2005年から、PCのMacに「ボイスオーバー」という読み上げ機能を搭載していました。その後、2009年に発売されたiPhone 3GSにおいて、初めてボイスオーバーが標準機能として搭載されました。
     
    この読み上げ機能は、視覚障がい者がPCやスマートフォンを操作するために開発されましたが、日本国内でも多くの視覚障がい者がiPhoneを利用しているとされます。専門家の中には「視覚障がい者の9割がiPhoneを利用している」と指摘する声もあり、その高いシェアは、当初からアクセシビリティを考慮して製品開発を進めた結果と言えます。
     
    さらに、この技術は読み上げ機能だけでなく、音声で操作や指示を行う「Siri」へと発展しました。また、聴覚障がい者向けに開発された音声のテキスト化機能も、今や健常者が手が離せない状況でメッセージを送る際などに広く利用されています。Appleは、マイノリティやハンディキャップを持つ人々への配慮が、ブランド価値につながるという文化を早くから持っていました。この姿勢が、革新的なデザイン性だけでなく、社会貢献という側面でも高い評価と支持を得る理由となっているのです。

  • <無料視聴> 視覚障がいの方にオンラインインタビュー「IOT家電の不変的ニーズと開発ヒント」
    今回は、視覚障がいのある方に 「実際の家電利用体験」や「家電選びの基準・ニーズ」 について詳しくお話を伺いました。
  • <無料視聴> 聴覚障がいのモニターへ調査!SaaSやキャリアに求められるアクセシビリティとリモートワーク
    今回は、聴覚障がいのある方がどのように仕事と向き合っているのか、「リモートワークの実態」についてインタビューを実施しました。
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    障がい者調査を成功させるための3つの視点

    しかし、障がい者調査を成功させるためには、企業側にもいくつかのマインドセットと体制が求められます。

    1. 成果を急ぎすぎない、長期的な視点を持つ
      障がい者調査では、すぐに答えや結果を求めすぎないことが重要です。実情として、障がい当事者のみを対象とした市場は、規模の大きさをどう捉えるかによって評価が分かれる領域です。そのため、調査で得られた知見については、障がい当事者市場にとどまらず、いかに一般市場へと応用・展開できるかという長期的な視点で取り組むことが重要です。短期的な成果を追求し、すぐに結果が出ないと判断して調査を中断してしまう企業も多く、これは大きな機会損失につながります。
    2. 健常者と障がい当事者の声を同時に聴く「比較調査」
      私たちが携わったとある家電メーカーの事例では、住宅設備のモニター調査で、健常者パネルに加えて障がい当事者パネルを2割程度含めて同時に実施しました。この結果、メーカー担当者からは「障がい当事者の方が、健常者よりも多くの意見を言ってくれて、新しい視点も提供してもらい、非常に助かった」という声が聞かれました。このことから、障がい者向けではない一般商品であっても、健常者と障がい当事者の比較調査を行うことで、より深く、多角的なインサイトが得られることがわかります。
    3. テクノロジーの進化とアクセシビリティの両立
      近年の家電は、タッチパネル式が増えていますが、これは視覚障がい者にとっては操作が非常に難しいという側面があります。この問題を解決するためには、単にボタン式に戻すのではなく、さらに一歩進んだ発想が必要です。例えば、スマートフォンと連携させ、音声アシスタント機能を通じて操作できるようにする、といったアプローチが考えられます。これにより、視覚障がい者もスマホの読み上げ機能を利用して家電を操作できるようになり、同時に健常者も外出先から家電をコントロールできるようになるなど、誰もが便利になるソリューションが生まれます。
  • <無料ダウンロード> 【障がい者調査】定性・定量別調査事例10選
    本紙では、障がい当事者の調査における様々なリサーチ事例を、定性/定量調査の視点で厳選した10選をご紹介します。
  • <関連コラム> ペイシェントジャーニーとは?実例や必要性、解決課題と企画への取り入れ方など紹介
    本記事では、患者さんの経験や感情の変遷を可視化するペイシェントジャーニーについて解説します。
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    調査の落とし穴と専門家の役割

    1. 個別のニーズに囚われず、全体像を捉える
      障がいは多種多様であり、一人ひとりが抱える不便さも異なります。そのため、特定の調査対象者一人ひとりの意見に深く耳を傾けることは重要ですが、「その人だけの問題を解決しよう」という個別的な視点に陥らないことが肝心です。調査で得られた知見を、より広い層に適用できるか、社会全体にどんな広がりがあるかという視点を持つ必要があります。
    2. 経験値と知見の重要性
      障がい者調査は、健常者を対象とした一般的な調査と異なり、定量的なサンプル数を確保することが困難な場合があります。そのため、定性調査(インタビューなど)が中心となり、調査者の経験と知見が結果を大きく左右します。数多くの事例に触れてきた専門家は、個別の声から全体的な傾向や潜在的なニーズを見出すことができます。私たちは、長年の経験から培った独自の知見をもとに、クライアントの目的に沿ったアンケート設計や調査の方向性を提案し、調査結果を最大限に活用できるようサポートしています。

     
     

    まとめ

    障がい者調査は、単に特定の層に向けたサービス開発にとどまらず、社会全体の「不便」を解消し、新たなイノベーションを生み出すための極めて有効な手段です。そのためには、短期的な成果を求めず、長期的な視点で多様な声に耳を傾ける姿勢が不可欠です。
    もし、貴社が新たな商品やサービスのヒントを求めているなら、一度「不便」を抱えるユーザーの声に耳を傾けてみませんか。その小さな「不便」の解消が、社会を変える大きなイノベーションの始まりとなるかもしれません。

    障がい者モニターの調査リクルートのご相談はこちら>

    執筆者
    アスマーク編集局
    株式会社アスマーク マーケティングコミュニケーションG
    アスマークのHPコンテンツ全ての監修を担い、新しいリサーチソリューションの開発やブランディングにも携わる。マーケティングリサーチのセミナー企画やリサーチ関連コンテンツの執筆にも従事。
    監修:アスマーク マーケティングコミュニケーションG

    アスマークの編集ポリシー
     

    事例で学ぶ、障がい者調査に不可欠な『配慮』とは? ~実践的な調査事例10選~

    事例で学ぶ、障がい者調査に不可欠な『配慮』とは? ~実践的な調査事例10選~

    現在の日本では、障がい者の社会参加やQOL(生活の質)向上への意識が高まり、多様なニーズに応える製品やサービスが求められています。アクセシビリティへの配慮や、ユニバーサルデザインの導入が注目を集めています。

    一方で、当事者の特性に合わせた調査方法の設計は大きな課題です。当社が障がい者に向け調査を実施する場合も、例えば、視覚障がいのある方には音声での設問、聴覚障がいのある方には手話通訳や筆談等の工夫を凝らすことは必須となっています。さらに、倫理的配慮とインフォームド・コンセントが重要であり、当事者やその支援者と信頼関係を築き、丁寧に説明しながら調査を進める柔軟性が求められます。

    本記事では、障がい者調査の様々な事例を、定性・定量調査の視点から厳選してご紹介します。これらの事例は、障がい種別の配慮に基づいた調査を行い、当事者の嗜好や潜在的なニーズを捉えるヒントに満ちています。

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    「疾患・携帯キャリア(デバイス)」スペシャルパネル集計表

    「疾患・携帯キャリア(デバイス)」スペシャルパネル集計表

    アスマークが保有する「疾患・携帯キャリア(デバイス)」に関する特別パネルの属性情報をまとめています。

    主に以下のパネルデータをご覧いただけます。※一例
    【疾患】・・・本人/同居家族の「現在の疾病名」「既往症」「介護状況」など
    【携帯キャリア(デバイス)】・・・「保有する携帯キャリア」「キャリア別・保有デバイス」

    本紙には、単純集計(GT)表とローデータが含まれます。

    下記に当てはまる方にお薦めの資料です。
    ● 「疾患・携帯キャリア(デバイス)」に関する調査を検討している
    ● アスマークがの自社モニターの特別属性の情報が知りたい
    ● 出現が難しいテーマで集められる対象者数を確認したい

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    難病・希少疾患患者への調査事例集

    難病・希少疾患患者への調査事例集

    難病・希少疾患の患者に対して調査を行う場合、定量調査であれば回答数が大切になってくるため、多くの患者さんの協力を得ていくことが重要です。

    アスマークでは、当社が抱えるパネルからだけではなく、患者会との連携や疾患のインフルエンサーと連携したリクルートを可能としているため、難病・希少疾患の患者さんのリクルートについても実績がございます。

    本紙では、当社で実施可能な「難病・希少疾患の患者に対する調査」の事例をまとめてご覧頂けます。

    下記に当てはまる方にお薦めの資料です。
    ● メディカルリサーチを担当している
    ● 難病・希少疾患患者への調査方法が知りたい
    ● 患者の声を生かしたマーケットイン開発がしたい

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    視覚障がいの方にオンラインインタビュー「IOT家電の不変的ニーズと開発ヒント」

    視覚障がいの方にオンラインインタビュー「IOT家電の不変的ニーズと開発ヒント」

    近年、スマートスピーカーや音声操作、アプリ連携などの技術革新により、家電の利便性は飛躍的に向上しています。
    家電のスマート化が進むことで、ユーザーの選択肢は広がり、利便性も増しました。
    しかし、視覚障がいのある方にとって、こうしたIOT家電はどれほど「使いやすい」ものになっているのでしょうか?

    今回は、視覚障がいのある方に 「実際の家電利用体験」や「家電選びの基準・ニーズ」 について詳しくお話を伺いました。

    下記に当てはまる方にお薦めの動画です。
    ・家電の操作性に関する新たな市場ニーズを発掘したい
    ・ユニバーサルデザインの観点で企業の製品戦略を強化したい
    ・視覚障がい者向けのユーザビリティテストを実施・検討している

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    聴覚障がいのモニターへ調査!SaaSやキャリアに求められるアクセシビリティとリモートワーク

    聴覚障がいのモニターへ調査!SaaSやキャリアに求められるアクセシビリティとリモートワーク

    近年、デジタルツールの大きな発展により、ネットを通じた多様な働き方が可能になりました。その一方で、オンラインでのコミュニケーションが促進される中でも、多様なユーザーに合わせたアクセシビリティやユーザビリティの向上にはまだまだ課題も残されております。

    そこで今回は、聴覚障がいのある方がどのように仕事と向き合っているのか、「リモートワークの実態」についてインタビューを実施。
    オンライン環境で円滑に働くための工夫、補聴器や人工内耳の活用、聞こえを補うツールへのニーズなど、幅広くヒアリングしています。

    下記に当てはまる方にお薦めの動画です。
    ・アクセシビリティを考慮したアプリ・デバイス開発を進めている
    ・消費者のQOL向上に繋がる、デジタルの新ニーズを発掘したい
    ・聴覚障がい者向けのUI/UXテストを実施・検討している

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    【障がい者調査】定性・定量別調査事例10選

    【障がい者調査】定性・定量別調査事例10選

    現在の日本では、障がい者の社会参加やQOL向上への意識が高まり、多様なニーズに応える製品やサービス開発が求められています。アクセシビリティやユニバーサルデザインへの配慮が注目されています。

    このような状況下で、障がい当事者の生の声やニーズを正確に把握する重要性が増しており、調査は非常に重要な役割を果たします。

    本紙では、障がい当事者の調査における様々なリサーチ事例を、定性/定量調査の視点で厳選した10選をご紹介します。当事者の嗜好や行動、潜在的なニーズを的確に捉え、より魅力的な製品やサービスの開発・改善に活かせる内容となっています。

    下記に当てはまる方にお薦めの資料です。
    ● 障がい者調査の事例を参考に、調査設計の精度を高めたい
    ● 過去の障がい者調査で期待する成果が得られなかった
    ● 障がい者調査の経験が浅く、どのような事例があるのかを知りたい

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    ペイシェントジャーニーとは?実例や必要性、解決課題と企画への取り入れ方など紹介

    ペイシェントジャーニーとは?実例や必要性、解決課題と企画への取り入れ方など紹介

    患者さんは、ご自身の病気や治療と向き合う中で、本当の気持ちに蓋をしてしまうことがあります。そのような繊細な心情を丁寧に解きほぐし、真のニーズを理解するために有効な事前課題が「ペイシェントジャーニー」です。

    本記事では、患者さんの経験や感情の変遷を可視化するペイシェントジャーニーについて、その基本的なことから、製薬会社が抱える代表的な課題と解決策、マクロペイシェントジャーニーとミクロペイシェントジャーニーの実例、調査設計のポイントまで解説します。

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