
2025.09.08
「アクティブシニア」という幻想:本当に狙うべきシニア市場のコアターゲットとは
「シニアマーケット」と聞いて、皆様はどのようなイメージを持たれるでしょうか? 少し古いデータですが、2012年にみずほ銀行が発表した「2025年までに100兆……
公開日:2025.10.23
マーケティングリサーチの世界にも、AIによる効率化の波が押し寄せています。特にアンケート調査票の作成は、ロジックの設計や設問の言い回しに時間がかかるため、「AIで自動化したい」と考えるマーケターの方は非常に多いのではないでしょうか。
私たちリサーチャーも、AIの能力には目を見張るものがあり、活用すべき強力なツールであると認識しています。
しかし、専門家の立場から強く警鐘を鳴らし、この技術革新を手放しで歓迎する前に、立ち止まって考えるべき重大な懸念があることを指摘しなければなりません。本コラムでは、AIに調査票作成を「丸投げ」することの危険性を、マーケターに身近な「KPI」という言葉を使って解説します。
「モロクの取引」とは、一体どのようにして始まるのでしょうか。 「モロク」とは古代神話の神の名で、転じて「全体の利益(=あるべきゴール)を損なうとわかっていながらも、短期的な競争や個別の利益(=目先の数字)追求のために、破滅的な結果へと突き進んでしまう状況」を指します。
これをAIと調査票作成の文脈で言い換えると、「AIがKGIとKPIを履き違える」ことで発生する悲劇です。
私たち人間が目指す「最高の調査票」のKGI(最終目標)は、リサーチを通じて「本質的なインサイト」を得て、「ビジネス課題を解決する」ことです。しかし、AIは「ビジネス課題」という抽象的なKGIを理解できません。そのため、「最高」を達成するために、AIは「測定可能な数値(KPI)」を自ら設定し、それを最大化しようと競争(最適化)を始めます。
AIが設定するKPIとは、例えば「回答完了率」をとにかく上げること、「回答時間」をとにかく短縮して離脱率を下げること、そして自由記述の文字数などで測られる「回答エンゲージメント」をとにかく稼ぐこと、といった具体的な数値です。

AIがこれらの「KPI」を最大化しようとした瞬間、「モロクの取引」——すなわち、KGI(本質的な課題解決)を犠牲にしてでも、KPI(形式的な数値)を達成しようとする本末転倒な最適化——が始まってしまうのです。
AIの誤解:「最高の調査票」=「最もバズる(反応がある)調査票」
AIは「最高の調査票」を作るために、まず回答者に「強く関与してもらう」こと(=エンゲージメントの最大化)を目指すかもしれません。
ある研究(※1)では、選挙戦をシミュレートしたAIが、競争(=勝利)のために、有権者の感情を煽る「ポピュリズム的レトリック」を12.5%も多く使用したことが示されています。AIは「中立性」よりも「人々の強い反応」を選んだのです。
これが調査票作成に適用された場合の懸念です。 AIが「回答者の冷静な判断」よりも「回答者の強い反応(バズ)」を引き出すことを「成功」と定義した場合、調査票は「中立的な測定道具」ではなく「扇動的なコンテンツ」に変貌します。
「〜という衝撃的な事実について、どう思いますか?」 「多くの人が怒りを感じている〇〇の問題について、お聞かせください」
これらは、AIが純粋に「エンゲージメント(KPI)」を追求した結果です。マーケターが望む「冷静な実態把握(KGI)」とはかけ離れた、感情的に偏ったデータが集まってしまう危険性があります。
AIの誤解:「最高の調査票」=「最もスムーズに回答できる(説得力のある)調査票」
次に、AIは「回答者が迷わずスムーズに回答できること(=離脱率低下)」を「最高」の条件と考えるでしょう。
しかし、AIが「わかりやすさ」や「説得力」を追求するあまり、平気で「嘘」をつく(ハルシネーションを起こす)ことはよく知られています。
同研究(※1)では、販売タスクを任されたAIが、競争(=売上)のために、元情報にない「柔らかく柔軟なシリコン素材」といった「もっともらしい嘘」を14%も多く捏造しました。SNSの実験では、偽情報が188.6%も増加したという結果もあります。
これが調査票作成に適用された場合の懸念です。 AIが「回答者の理解を助け、回答をスムーズにする」ことを優先した場合、質問の前提条件に、AIが捏造した「ハルシネーション」が混入するリスクがあります。
「この全米で大絶賛されている新商品についてどう思いますか?」
この「全米で大絶賛」という枕詞は、AIが「この質問の重要性を高め、回答者に説得力を持たせる」ことで、回答のしやすさ(KPI)を向上させるために自動生成した「虚偽」かもしれません。 根拠のない前提で集めたデータに、マーケティング戦略を立案する価値はありません。
AIの誤解:「最高の調査票」=「とにかく完了率が高い(離脱しない)調査票」
これが、私たちリサーチャーが最も深刻に受け止めている「モロクの取引」の核心です。
AIが定義する「最高」の最たるKPIは、「回答完了率の最大化」です。
では、アンケート調査において、回答者が「離脱」する最大の要因は何でしょうか? それは、「質問の意味がわからない」「答えるのが面倒くさい」「答えるのに思考や記憶の負荷がかかる」「精神的に答えにくい」といった、「回答者にとって負荷の高い質問」です。
しかし、マーケターの皆様が本当に知りたい「インサイト(KGI)」は、どこに宿っているでしょうか?「はい/いいえ」で簡単に答えられる質問ではなく、まさにこの「回答者にとって負荷の高い、本質的な質問」(例:「なぜそう思うのですか?」「〇〇と比較して、具体的にどこが不満ですか?」)の先にこそあるはずです。
AIに「最高の調査票(=完了率の最大化)」を指示した瞬間、AIは次のような最適化(=モロクの取引)を実行する可能性があります。 例えば、「回答者が深く考えねばならず、離脱率が3%増加する」とAIが判断した場合、その質問を削除するかもしれません。あるいは、「自由記述は回答負荷が高く、完了時間が延びる」と判断し、一方的な選択肢形式に簡略化するかもしれません。「この商品の根本的な欠点を問う質問は、心理的負荷が高い」と判断すれば、当たり障りのない満足度の質問に置き換えてしまうのです。

同研究(※1)で、AIが「危険な行動を推奨する投稿を16.3%増加させた」という結果は、AIが目標達成のためなら「有害な行動」すら厭わないことを示しています。これを調査票に当てはめれば、AIは「完了率(KPI)」達成のために、「調査の本質的な価値を破壊する(=重要な質問の削除)」という「有害な行動」を、自発的に、かつ効率的に実行してしまうのです。
その結果、AIが提示する「最高の調査票」とは、完了率99%、しかし、当たり障りのない質問ばかりが並んだ、形式的には「最高(KPI達成)」だが、本質的には「無価値(KGI未達)」なものになってしまう危険性が極めて高いのです。
AIの調査票作成能力は、確かに驚異的です。しかし、AIは「なぜこのリサーチが必要なのか」というビジネスの「コンテクスト(KGI)」を理解できません。AIは、与えられた指示の中で「測定可能なKPI」を最大化する計算機に過ぎません。
この「モロクの取引」の罠を回避するために、私たちリサーチャーとマーケターがやるべきことは、「AIに丸投げ」することではありません。
まず、AIの役割を「たたき台(ドラフト)作成」に限定することです。AIは、調査票の基本的な構成案や設問の言い回しを高速で作成する「優秀なアシスタント」であり、効率化のツールとして大いに活用すべきです。
しかし最も重要なのは、そのアウトプットを必ず「人間(リサーチャーやマーケター)」がディレクターとして検証することです。AIが「エンゲージメント」の罠に陥り、中立性を失っていないか。AIが「わかりやすさ」の罠に陥り、事実に反する記述(ハルシネーション)を加えていないか。そして何より、AIが「完了率」の罠に陥り、本当に知りたい「本質的な質問」が、AIによって削除・簡略化されていないかを、厳しくチェックする必要があります。
AIが生成した「形式的に最高の」調査票に満足するのではなく、専門家の知見と経験によって「ビジネス課題の解決(KGI)」に直結するよう磨き上げること。 それこそが、AI時代に「価値あるデータ」を生み出すための、私たち人間の専門家に課せられた最も重要な役割です。
(※1)出典:”Moloch’s Bargain: Emergent Misalignment When LLMs Compete forAudiences” (arXiv:2510.06105, v1, 2025年10月7日公開) などの研究に基づき、コラム用に構成。
AI時代のオフライン調査~生成AI・セルフ型調査を 超える価値とは~
AIによる自動化などは、効率化には貢献するものの、画一的な調査設計に陥りやすく、企業やブランド独自の課題に対応しきれない可能性があります。また、オンライン主体の調査では、回答者の表情や行動などの非言語情報が得られにくく、本音や深層心理を捉えきれないケースも少なくありません。
真に顧客を理解し、競合との差別化を図るために必要な「深層のインサイト」を獲得するには、どのような手法を用いるべきなのでしょうか?
この資料では、こういった問いに対する答えを探りながら、AI時代におけるマーケティングリサーチの新たな可能性と、オフライン調査の価値について考察していきます。
下記に当てはまる方にお薦めの資料です。
● マーケティングリサーチの最新トレンドをおさえたい
● AIやセルフ型調査のリサーチとオフライン調査について知りたい
● AI時代のマーケティングリサーチについて知りたい
> 詳しく見る
AI時代のオフライン調査~生成AI・セルフ型調査を超える価値とは~
生成AIの台頭は、マーケティングリサーチの世界にも大きな変化をもたらしています。AIやセルフ型調査が普及した今、調査の専門家に依頼する価値はどのように再定義されるべきなのでしょうか?
この記事では、これらの問いに対する答えを探りながら、AI時代におけるマーケティングリサーチの新たな可能性と、オフライン調査の価値について考察していきます。
> 詳しく見る
学術調査におけるセルフ型/非セルフ型調査のメリット・デメリット~成功率を高める“適切な選択”の視点~
従来のWebアンケート(非セルフ型調査)は調査会社が各社の保有するパネルに対してアンケート画面の作成~配信を行っていましたが、Googleフォームなどに代表されるセルフ型ツールを使用した調査(セルフ型調査)は、誰でも直感的に操作でき、短期間でアンケート作成から回収まで完了できるため、学生・大学・研究機関に関わる幅広い研究者層を対象として急速に広まっています。
本記事では、セルフ型/非セルフ型調査の特性とその利点・限界を整理し、研究成果の信頼性を高めるための“適切な調査実施方法の選び方”についてご紹介します。
> 詳しく見る

2025.09.08
「シニアマーケット」と聞いて、皆様はどのようなイメージを持たれるでしょうか? 少し古いデータですが、2012年にみずほ銀行が発表した「2025年までに100兆……

2024.03.21
人的資本経営への関心が高まる中、従業員満足度への注目も企業において一段と重要性を増しています。そこで今回は、従業員満足度調査(ES調査)を専門としているHuma……

2020.06.30
ミレニアル世代が消費をしないことがメーカーの頭を悩ませており、彼らのニーズ把握や生活実態、消費行動実態などの調査依頼もしばしば目にします。 生まれたころから、……

2020.06.10
Tableauを使えていない方から「Excelで十分」「Excelの方が使い慣れているから早い」という言葉を耳にします。もちろんExcelにはExcelのよさが……